<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?> 
<feed version="0.3" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xml:lang="ja">
<title>drecom_oigaのブログ</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/" />
<link rel="service.post" type="application/x.atom+xml" href="http://cms.blog.livedoor.com/atom/blog_id=3805080" title="drecom_oigaのブログ" />
<link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<link rel="self" href="http://oiga.dreamlog.jp/atom.xml" />
<modified>2012-05-25T21:12:51Z</modified> 
<tagline><![CDATA[]]></tagline> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:drecom_oiga</id>
<author>
<name>drecom_oiga</name> 
</author>
<generator url="http://blog.livedoor.com/" version="1.0">livedoor Blog</generator> 
<copyright>Copyright (c) 2012, drecom_oiga </copyright>
<entry>
<title>reminders, I was there file#6</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2942009.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:39Z</modified> 
<issued>2005-09-01T01:20:47+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2942009</id>
<summary type="text/plain">
不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。




コロンビア　バランカベルメッハ　1991年
...</summary> 
<dc:subject>reminders, I was there</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2942009.html">
<![CDATA[<br>
<span style="font-size: 75%;"><span style="font-weight: bold;">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。</span></span><br>
<br>
<br>
<div style="text-align: center;"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/drecom_oiga/imgs/8/8/88cd4e1c.jpg" class="photo" alt="colombia5400.jpg" border="0"></div><br>
<br>
<div style="text-align: right;"><span style="font-size: 75%;">コロンビア　バランカベルメッハ　1991年</span></div><br>
<br>
<br>
「旅をしよう。一週間ぐらいだ。持つものは最小限でいい」<br>
人権擁護団体職員のフリオがこう言い、翌日の早朝、小さなリュックを担いで待ち合わせの船着場に向かった。<br>
「左翼ゲリラ・コロンビア革命軍（FARC）の支配地域に向かう。心配ない」<br>
フリオが耳打ちし、それにうなずく。一時間ほどボートに乗り、小さな村に着いた。そこに案内人の男がいて、密林に隠していたボートでまた数時間川を上った。木々が切り倒された場所があり、ボートを止めると、小高い丘の上で少女がこちらを見ている。少女は何か合図を仲間に送ったようだ。「まだ写真を撮るな」と言われ、そこから山道を歩いた。<br>
<br>
解放区と呼ばれる地域では、政府の力は及んでいない。丘の上ではコロンビア革命軍（FARC）の兵士たちの軍事訓練が行われているようで、掛け声がジャングルにこだましていた。まだ若い男女が銃を片手に、一列に並んでいた。なぜだか兵士たちもビデオを持っていて、僕を撮影し始める。崩れ落ちそうな小屋で数日間寝泊りし、毎日塩味の豆とライスを食べながら、軍事訓練を受ける兵士たちの姿をフィルムに写した。<br>
「これが毎日の生活。今度会うときは、ネオンが輝く楽しい場所で会いましょう」<br>
町に引き返す朝、これから軍事作戦に参加するという一人の少女が言った。<br>
<br>
<br>
写真と文：後藤勝<br>
reminders, I was there file#6<br>

<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/15 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>reminders, I was there file#5</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2942001.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:39Z</modified> 
<issued>2005-07-25T01:51:58+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2942001</id>
<summary type="text/plain">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。




コロンビア　バランカベルメッハ　1991年

...</summary> 
<dc:subject>reminders, I was there</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2942001.html">
<![CDATA[<span style="font-weight: bold;"><span style="font-size: 75%;">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。<br>
</span></span><br>
<br>
<div style="text-align: center;"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/drecom_oiga/imgs/c/1/c17c7ffc.jpg" class="photo" alt="oiga4_400.jpg" border="0"></div><br>
<br>
<div style="text-align: right;"><span style="font-size: 75%;">コロンビア　バランカベルメッハ　1991年</span></div><br>
<br>
<br>
コロンビア最大の油田基地があるバランカベルメッハでは、労働組合 La USO(Union Sindical Obrera)が最も活発に活動していた。La USOは賃金値上げや政府の不正を告発していた為、多くの組合員が右派民兵の暗殺リストに載せられ、1990年だけで、組合員の35人以上が暗殺または行方不明になっていた。<br>
<br>
バランカベルメッハで一人の組合員が誘拐され、数日後、頭を切断された遺体がマグダレーナ川で見つかった。翌日市内で大規模なデモがあり、デモには左翼ゲリラシンパの若者が多く参加し、市内のあちこちでバスを燃やし火炎瓶を武装した警官に投げつけた。<br>
<br>
数人の死傷者を出し、デモが終わった。覆面をした若者が「着いて来い！」と言う。地元のテレビ局のカメラマンと共に、車に乗り込む。20分ほどでスラムの一角に着く。裏庭に通され、テレビの前で銃を持ったゲリラが演説をする。みな顔を隠すため、干してあった子供の衣類を顔に巻き、そして言った。<br>
「Nosotros luchamos por asta la muerte!(俺たちは死を覚悟して闘う！)」<br>
<br>
写真と文：後藤勝<br>
reminders, I was there file#5<br>
<br>
<br>

<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/14 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>reminders, I was there file#4</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941996.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:40Z</modified> 
<issued>2005-07-23T16:33:57+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941996</id>
<summary type="text/plain">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。


コロンビア　バランカベルメッハ　1991年

地...</summary> 
<dc:subject>reminders, I was there</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941996.html">
<![CDATA[<span style="font-weight: bold;"><span style="font-size: 75%;">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。</span></span><br>
<br>
<div style="text-align: center;"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/drecom_oiga/imgs/c/8/c8d17f21.jpg" class="photo" alt="oiga3-400.jpg" border="0"></div><br>
<span style="font-size: 75%;"><div style="text-align: right;">コロンビア　バランカベルメッハ　1991年</div></span><br>
<br>
地元の人権擁護団体CREDOS（los Derechos Humanos）のオフィスは、バランカベルメッハのセントラルにある。暗い階段を上り、二階にある彼らのオフィスを訪ねた。入り口には、自動小銃を抱えた二人のＤＡＳ（大統領府治安局）の護衛がいて、「オラ！ボニータ！」と、しきりに外を通る女性に声をかけている。その一人に「チーノ（中国人）か？」と聞かれ、「ノー。エストイ　ハポネス（いや、日本人だよ）」と答える。<br>
<br>
所長のゴメズ氏に面会を申し込み、しばらくして奥の部屋に通された。がっしりとした体格のゴメズ氏に「この街で起きていることを写真に記録したい」と告げる。「君にも何が起こるかわからない。危険だ」という彼を、習いたてのスペイン語で説得をする。そして、「君もこの団体の一員として協力してくれるのなら。そして記録した写真を使わせてくれ」という条件付で、何とか了解を得た。<br>
<br>
フリオという青年と共に活動することになった。翌日から眠る暇もないほど忙しい日々に追われた。虐殺があると、何日もかけて山道を歩き、その現場を記録した。誰から殺されたと聞くと、夜中でも飛び起きて現場に向かう。そしてオフィスでは毎日、家族を殺された人々が面会に来て、事情を聞く日々がつづいた。<br>
<br>
ある日の夕暮れ、セントラル付近の飲み屋で、左翼ゲリラのシンパの若者5人が武装した右派民兵の襲撃を受けた。目撃者によると、一台の車から自動小銃を持った男たちが降り、店に入るなり、若者たちを一人ずつうつ伏せにした後、射殺していったという。近くに住んでいた犠牲者の家族が現場に着き、妻と娘が泣き叫びながら遺体に近づこうとする。警官が止めに入る。人々はその光景をじっと周りで眺めていた。<br>
<br>
写真と文：後藤勝<br>
reminders, I was there file#4<br>

<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/13 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>reminders, I was there file#3</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941983.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:41Z</modified> 
<issued>2005-07-22T16:19:57+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941983</id>
<summary type="text/plain">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。


コロンビア　バランカベルメッハ　1991年

南...</summary> 
<dc:subject>reminders, I was there</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941983.html">
<![CDATA[<span style="font-weight: bold;"><span style="font-size: 75%;">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。<br>
</span></span><br>
<div style="text-align: center;"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/drecom_oiga/imgs/1/f/1fbf2489.jpg" class="photo" alt="oigas.jpg" border="0"></div><br>
<div style="text-align: right;"><span style="font-size: 75%;">コロンビア　バランカベルメッハ　1991年</span></div><br>
<br>
南米コロンビアのバランカベルメッハに行くことにしたのは、偶然ニューヨーク・タイムズ紙の記事を見たのがきっかけだった。「コロンビアで最も危険な街・バランカベルメッハ」という見出しで、この街では、ジャーナリストや人権擁護団体職員が暗殺の対象となり、すでに何人も殺されているという記事だった。<br>
<br>
コロンビアでは当時、左翼ゲリラのコロンビア革命軍と国民解放軍、政府軍、そして右派民兵組織MAS（現在は右派民兵組織コロンビア自警連合軍）が入り乱れて争っていた。最も危険な町と呼ばれたバランカベルメッハ市は北部マグダレーナ・メディオ州の主要都市であり、同国最大の油田基地があり、付近の山岳地帯は麻薬原料になるコカの葉栽培にも適していた。<br>
バランカベルメッハには七十年代以降、解放区から大量の難民が流れ込み、以来左翼ゲリラの拠点がスラムに作られ、以来農村地帯で続いていた右派民兵との争いは、八十年代後半から都市で展開されることになる。町で誘拐や虐殺が日常化し、子供も容赦なく殺された。人々はこの闘いを「Guerra Susia(汚い戦争)」と呼んでいた。<br>
<br>
首都ボコタに着き、バランカベルメッハ行きの長距離バスに乗る。約15時間バスに乗り、昼過ぎバランカベルメッハのバスターミナルに着いた。「安宿を探している」という僕に、「中国人の食堂がある」と親切なタクシー運転手がそこまで連れて行ってくれた。食堂で中華系二世のエンリケと会い、近くの宿を紹介してもらった。一泊約5ドルほどの三階建ての宿から窓の外を見る。すでに夕方だった。どこからか陽気なサルサが流れていた。<br>
シャワーを浴び、これからどうするべきかと考えていると、突然爆竹のような音が近くで響いた。慌ててカメラを持って外に出ようとすると、宿の従業員が「止めろ」という。何も考えずそれを振りきって外に出た。宿の前のレストランで、三人の男たちが血まみれになっている。人々が、次第に集まってきた。「La Violecia, La violencia」と年老いた女性がつぶやきながら死体を見ていた。バランカベルメッハに着いた、初めての日だった。<br>
<br>
写真と文：後藤勝<br>
reminders, I was there file#3<br>
<br>
<br>
<br>
<br>

<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/12 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>reminders, I was there file#2</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941972.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:41Z</modified> 
<issued>2005-07-20T11:27:24+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941972</id>
<summary type="text/plain">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。


エルサルバドル　パルキン　1990年

写真を撮...</summary> 
<dc:subject>reminders, I was there</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941972.html">
<![CDATA[<span style="font-size: 75%;"><span style="font-weight: bold;">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。</span></span><br>
<br>
<div style="text-align: center;"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/drecom_oiga/imgs/5/5/557f7ff6.jpg" class="photo" alt="oiga.jpg" border="0"></div><br>
<div style="text-align: right;"><span style="font-size: 75%;">エルサルバドル　パルキン　1990年</span></div><br>
<br>
写真を撮りながらオンボロバスでニカラグア国内を数ヶ月旅をし、その後内戦が続いていたエルサルバドルに向かった。目指すはFMLN（ファラブンド・マルティ民族解放戦線）の解放区である。首都サンサルバドルの安宿で、ドイツ人とフランス人のフリーカメラマンと出会う。みな僕と同じで、金もなくコネもない。「ホンジュラス国境付近のパルキンにFMLNの最大の拠点がある」というので、そこに行くと言う僕にみな、「今はゲリラ側の許可はでない。それに危険すぎるからやめろ」と言う。しかし写真を撮りたい一心で中南米に来た僕には、諦めることが出来ず、一人でパルキンに向かうことにした。夜明け前、リュックを背負った僕を、人の良い安宿の主人が見送ってくれた。<br>
<br>
ニカラグアで革命が成立したのは1979年7月、それを受けてエルサルバドルでも左翼ゲリラ活動が一層活発化した。80年10月には五つの極左ゲリラ組織がファラブンド・マルティ民族解放戦線（FMLN）を結成し、本格的な内戦に突入する。<br>
<br>
サンサルバドルを出て数日後、政府軍の検問を何とか潜り抜け、パルキン付近の町に着く。そこでゲリラ司令官に許可を申し込む。<br>
「無理だ」という司令官を、何日もかけて説得する。自分が高校をやめてその後肉体労働をしてお金を貯めてここに来たこと、そして「自分は写真を撮るために来た。なぜあなた達が闘うのか、それを知りたい」と言った。ある日、やっと、数日間だけ滞在許可をもらった。<br>
<br>
昼間はひっそりとしたパルキンの町も、時折真夜中、政府軍の武装ヘリコプターが襲撃に来た。バタバタという気味の悪い音と共に、生まれて初めて鼓膜が破れるほどの銃声を聞く。無差別に打ち込まれた銃弾で、町のほどんどの家々が破壊されていた。<br>
<br>
ある朝、周りのジャングルにゲリラ達と向かい、途中、獣道の物陰で見張りの少年兵と出会った。何も言わずに、するどい眼をして僕を見る。少年は、獣のような眼をしていた。<br>
<br>
その後92年に政府とゲリラは和平に合意した。しかし10年以上に及ぶ内戦で7万5千人以上が犠牲となっている。<br>
<br>
写真と文：後藤勝<br>
reminders, I was there file#2
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/11 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>reminders, I was there file#1</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941960.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:42Z</modified> 
<issued>2005-07-17T22:29:13+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941960</id>
<summary type="text/plain">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。


ニカラグア　1989年

1989年の末、メキシコか...</summary> 
<dc:subject>reminders, I was there</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941960.html">
<![CDATA[<span style="font-size: 75%;"><span style="font-weight: bold;">不定期連載　reminders, I was there更新開始。-　2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか？を振り返ります。</span></span><br>
<br>
<div style="text-align: center;"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/drecom_oiga/imgs/5/f/5f7b71ad.jpg" class="photo" alt="oigas.jpg" border="0"></div><br>
<div style="text-align: right;"><span style="font-size: 75%;">ニカラグア　1989年</span></div><br>
<br>
1989年の末、メキシコからバスに乗り、中米を下った。エルサルバドルに着き、そして中米の最貧国と呼ばれるニカラグアを目指した。<br>
<br>
ニカラグアでは1979年、反軍事独裁政権を掲げるサンディニスタ革命が社会主義政権を確立し、その後アメリカの支援を受けた軍事組織コントラとの間で内戦が続いていたが、1988年暫定停戦が成立していた。<br>
<br>
ニカラグアの首都マナグアの景色は今でも忘れることができない。内戦と大地震で破壊され、ほとんどのビルが崩壊したままの状態だった。その瓦礫の隙間で人々が暮らしていた。<br>
<br>
かろうじで建っていたビルの上から、「オラ！」と呼ぶ声が聞こえ、見上げると一人の少年がこちらを見ていた。上に上がって来な、と手招きをしている。薄暗い階段を上り、コンクリートがむき出しになった部屋には、少年と家族が暮らしていた。<br>
<br>
翌年の1990年、親米のチャモロ政権が発足し、コントラは解体され、ニカラグアで内戦が終結した。<br>
<br>
写真と文：後藤勝<br>
reminders, I  was there file#1<br>
<br>
<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/drecom/117.gif" alt="メモ" border="0"><br>
<br>
<span style="font-size: 75%;">お知らせ<br>
ラジオオンエアのお知らせ。 TOKYO FM　7/18　<br>
AM7:40頃～<br>
<br>
 7/18（月曜日）、TOKYO FMの「６Sense」内の「ダイレクトヒット」コーナーにおいて、「アチェの子どもたちとの写真プロジェクト」について後藤勝のインタビューがオンエアされる予定です。<br>
スマトラ沖地震において活動した内容や、その狙いなど、１０分間のコーナでお聴きになれます。<br>
<br>
■TOKYO FM 6Sense<br>
<br>
東京以外にお住まいの（海外の方も）、このサイト内にあるweb radioをクリックすると、ラジオを聴く事が出来ます。コーナー毎にCLICKして聴ける様になっています（仮に聞き逃してしまったとしても、後から、聴けるのでいいですね。）。因に、アチェのプロジェクトのお話は「ダイレクトヒット」朝７時４０分からのオンエアです。<br>
<br>
後藤勝は7/29-8/9まで横須賀、横浜でイベントに参加する為、帰国します。下記、1-4のそれぞれの会場に参加予定です。<br>
<br>
ヨコスカ夏まつりHEY!!WA!!－それぞれの平和－　7/30（土）PM1:00-8: 00<br>
<br>
 ■１特設ブースにおいて●<br>
 7月30日（土）午後1時から8時まで<br>
 祭り開催中に実行委員会企画のスペースにおいて<br>
 ●リマインダーズプロジェクト関連資料配布<br>
 **当日配布予定の資料(pdf版)はこちらからダウンロード出来ます。下記、上映会に参加される方は是非、ダウンロードしてご利用下さい。<br>
 ●関連書籍の販売<br>
 ●寄付箱の設置（写真プロジェクトへの寄付）を行います。<br>
<br>
 ■２野外上映会●<br>
 祭り内のイベントとして、午後6時30分～8時の間の30 分間<br>
 後藤勝スライドトーク「inSightOut! - アチェの子どもたちとの写真プロジェクト」 ＠野外映画会<br>
<br>
<br>
開催趣旨：<br>
戦後60年経った今、私たちは日々の生活になんの不自由もなく平和に過ごしています。この平和は、かつての戦争で尊いいのちを失った方々の犠牲の上にあることを忘れてはいけません。私たちひとり一人が“いのちの尊さ”と“平和の大切さ”について考え、関心を持つことが大切だと考えます。よこすか夏祭り“ＨＥＹ！！ＷＡ！！”－それぞれの平和－では、様々なイベントに参加していただき、その中で思い思いの“いのちの尊さ”“平和の大切さ” を感じていただくことを願っています。 <br>
 <br>
ヨコスカ夏祭り“ＨＥＹ！！ＷＡ！！”－それぞれの平和－   <br>
2005年7月30日（土）13時～20時   <br>
横須賀市役所前公園  <br>
主催：“ＨＥＹ！！ＷＡ！！”実行委員会<br>
後援：横須賀市教育委員会<br>
協賛：ヨコスカン<br>
協力：YMCAよこすかコミュニティサポート<br>
問い合わせ　090-9307-5794（広沢）<br>
ＦＡＸ：046-849-1694（三澤）<br>
<br>
 *********************************************<br>
*2005AIDS文 化フォーラムin横浜と写真展<br>
8/2(火)～8/7（日）<br>
 <br>
 ■3スライドトーク●<br>
 2005AIDS文化フォーラムin横浜<br>
 8月6日（土）午後4時から6時まで<br>
 後藤勝スライドトーク「絶望のなかのほほえみ」<br>
<br>
 ■4写真展●<br>
写真展　Urgent Action Needed - カンボジアのエイズ　<br>
後藤勝　開催決定！<br>
 ＠2005AIDS文化フォーラムin横浜<br>
 日時：8月2日（火）～8月7日（日）<br>
注※写真展は２日から開催しています。<br>
 場所：神奈川県民センター1階展示スペース<br>
AIDS文化フォーラムin横浜<br>
<br>
開催趣旨：<br>
1994年、エイズ国際会議を契機にはじまった、市民による「AIDS文化フォーラムin横浜」。”文化”の２文字、それはフォーラムが医療や福祉の問題だけでなく、すべての人間が、HIV/AIDSに関わりを持ちながら、日常の生活・社会的活動を行っているという側面を大切にしたいから....。フォーラムは、今年も、教育、医療、看護、女性、薬害、 PLWHA、人権、社会問題、セクシュアリティ、国際　etc...　多くの社会的課題を考える場となります。<br>
<br>
テーマ：「つながる空間」<br>
期間：2005年8月5日（金）～7日（日）<br>
場所：かながわ県民センター（横浜駅西口徒歩5分） &gt;&gt;地図<br>
主催：AIDS文化フォーラムin横浜　組織委員会<br>
企画運営：AIDS文化フォーラムin横浜　運営委員会<br>
事務局：横浜YMCA<br>
共催：神奈川県<br>
後援：横浜市、川崎市、相模原市、（財）エイズ予防財団、 第7回アジア太平洋地域エイズ国際会議組織委員会<br>
          横浜商工会議所エイズ問題対策懇談会、横須賀市（予定）<br>
<br>
横浜YMCA　<br>
AIDS文化フォーラム　担当：郡司　大江<br>
〒231-8458　横浜市中区常盤町1-7<br>
Tel:045-662-3721　Fax:045- 651-0169<br>
E-Mail：abf2005@yokohama- ymca.or.jp</span>
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/10 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>inSightOut! - アチェの子どもたちとの写真プロジェクト　毎日更新中</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941943.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:36Z</modified> 
<issued>2005-06-28T10:09:19+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941943</id>
<summary type="text/plain">｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜
※転送・転載歓迎
｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜

昨年12月のスマトラ沖大地震・インド洋大津波、あれから6ヶ月が経ちまし た。
今、深刻な被害を受...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941943.html">
<![CDATA[｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜<br>
※転送・転載歓迎<br>
｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜<br>
<br>
昨年12月のスマトラ沖大地震・インド洋大津波、あれから6ヶ月が経ちまし た。<br>
今、深刻な被害を受けたアチェとタイで子どもたちが参加するメディアトレーニングプロジェクト[inSight Out!]を立ち上げ、実活動前の調整中です。<br>
このプロジェクトの原案は今年2，3月にリマインダーズプロジェクトと AJA projectによって行ったアチェでのワークショップから発展したものです。<br>
被災後の様子、このプロジェクトの事、それを支えている13人の子ども たちや現地のスタッフを写真とともにご紹介していきます。<br>
[アー カイブを残しませんので日々こちら のページでご覧下さい]<br>
http://reminders-project.org/<br>
<br>
震災後の現状、家族を目の前で失った子供達の姿や背景。未曾有の経験から、「生きる」という形で残された彼らが、「なにかしなければ」とカメラを手に取り、 「何を伝えるべきか」を考え、撮影していました。彼らが捉えた現実をより多くの方達に知って頂ける機会になると思います。是非とも、多くの方にご覧頂くための機会作りにご参加下さい。inSightOut!のスライドショー作品は7/30「ヨコスカ夏まつりHEY!!WA!!－それぞれの平和－」にてスライドトーク上映を予定しています。<br>
<br>
｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜<br>
<br>
[新]写真展　Urgent Action Needed - カンボジアのエイズ　後藤勝　開催決定！<br>
＠2005AIDS文化フォーラムin横浜<br>
日時：８月2日（火）～８月７日（日）<br>
場所：神奈川県民センター1階展示スペース<br>
AIDS文化フォーラムin横浜<br>
<a href="http://www.yokohamaymca.org/AIDS/" target="_blank">http://www.yokohamaymca.org/AIDS/</a><br>
<br>
｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜｜
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/9 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>来日する事になりました。</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941924.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:35Z</modified> 
<issued>2005-06-28T10:04:18+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941924</id>
<summary type="text/plain">来る下記日程で、来日する事になりました。
横須賀での「ヨコスカ夏まつりＨＥＹ！！ＷＡ！！－それぞれの平和－」の参加と、横浜での「2005　AIDS文化フォーラムin横浜」に参加する為です。
参加イベントについては追ってこれから情報をお送りして行きますので暫しお待ち下...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941924.html">
<![CDATA[来る下記日程で、来日する事になりました。<br>
横須賀での「ヨコスカ夏まつりＨＥＹ！！ＷＡ！！－それぞれの平和－」の参加と、横浜での「<a href="http://www.yokohamaymca.org/AIDS/" target="_blank">2005　AIDS文化フォーラムin横浜</a>」に参加する為です。<br>
参加イベントについては追ってこれから情報をお送りして行きますので暫しお待ち下さい。<br>
<br>
７／２９（金）来日<br>
７／３０（土）午後　横須賀　平和イベント<br>
８／　１（月）写真展示設営（かながわ県民センター１階展示スペース）<br>
８／　２（火）～７（日）写真展示（同上）<br>
※２－４（５－７：AIDS文化フォーラム）<br>
８／9（月）　帰国<br>
<br>
本日は来日決定のお知らせまで。<br>
イベント期間中にお会い出来るのを楽しみにしています。
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/8 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>これだけの理由</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941906.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:35Z</modified> 
<issued>2005-06-24T03:17:38+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941906</id>
<summary type="text/plain">つい最近、カンボジアのシエムリアップで人質事件があった。犯人はインターナショナル・スクールに立てこもって、子供たちの解放と引き換えに千ドルを要求した。しかし事件発生から半日後、警察の特殊部隊が突入し、犯人はあっけなく逮捕される。銃撃戦が始まり犯人の一人は...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941906.html">
<![CDATA[つい最近、カンボジアのシエムリアップで人質事件があった。犯人はインターナショナル・スクールに立てこもって、子供たちの解放と引き換えに千ドルを要求した。しかし事件発生から半日後、警察の特殊部隊が突入し、犯人はあっけなく逮捕される。銃撃戦が始まり犯人の一人は動揺したのだろう、泣き叫ぶカナダ人の子供の頭を拳銃で撃ちぬいた。<br>
<br>
覆面をした犯人はすべて20代の若者だった。貧しい地方からの出稼ぎ組で、以前は首都プノンペンの警備会社に勤めていたという。中心人物の一人はシエムリアップに来て、土産物屋を経営する韓国人のドライバーをしていたが、ある日遅刻して雇い主に二度平手打ちをされる。<br>
「頭にきた。韓国人の子供を誘拐して金を奪おうと思った」<br>
事件を起こすきっかけは、たったこれだけの理由である。<br>
<br>
シエムリアップは以前とても静かな町だった。アンコールワットへ続く一本道は静まり返り、周りに広がる田畑には、水牛がのんびりと戯れているのどかな風景が続いていた。しかし今は凄まじい変わりようである。外国からの資本で巨大ホテルが所狭しと建設され、観光収入は巨大な額に及んでいる。しかしそれも、地元の発展に繋がっていない。町から数キロ離れている村に行くと、電気も水道も未だに設備されておらず、子供たちも満足な教育は受けることができずにいる。そして町に仕事に出る若者たちが増え、農村では急激に過疎化が進んでいるのが現状だ。<br>
<br>
エイズや人身売買などの取材を続けているが、カンボジアの内戦後の社会の歪みは酷いものだと感じる。学歴があってもコネがないと仕事につけず、字も読めない地方出身者たちは都市に出てきて途方にくれる。どんなに貧しくても、銃を使って金を奪うという行為は容易に出来るものではない。しかし若者たちは、高級車を乗り回して贅沢をする人々を目の当たりにし、現実をどうすることも出来ない自身に絶望し、そしてある日、ぷつっと糸が切れてしまったのだろう。<br>
<br>
メディアはこの事件の裏に、政治的な意味合いがあるのではないかと当初憶測していたが、結局雇い主に対する恨みと少しばかりの身代金目当ての事件であった。この事件は、カンボジアが抱える問題を浮き彫りにした。<br>
<br>
オイガ! エスクチャメ プレンサ=後藤　勝
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/7 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>Cambodia 6 years of Stories/ジェリ・レッドファーン</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941894.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:35Z</modified> 
<issued>2005-04-23T23:47:30+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941894</id>
<summary type="text/plain">「見る機会」第二部作品参加者： #6
Cambodia 6 years of Stories/ジェリ・レッドファーン
文：後藤勝

サフランシスコで通信社のストリンガーをしていたジェリー・レッドファーンは、1998年1月にカンボジアの首都プノンペンに向かう。内戦が終結した直後のカンボジアは混乱...</summary> 
<dc:subject>見る機会</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941894.html">
<![CDATA[「見る機会」第二部作品参加者： #6<br>
Cambodia 6 years of Stories/ジェリ・レッドファーン<br>
文：後藤勝<br>
<br>
サフランシスコで通信社のストリンガーをしていたジェリー・レッドファーンは、1998年1月にカンボジアの首都プノンペンに向かう。内戦が終結した直後のカンボジアは混乱が続き、ジェリーは愛用のニコンで苦悩する人々を記録する。カンボジアで生まれたばかりの民主主義は安定せず、総選挙後には暴動が起きた。彼はカメラでそれらを記録し、それら一連の作品には武装した警官が&quot;Democracy Square&quot;と書かれた立て看板をなぎ倒し、ライフル銃の実弾に倒れた学生たちの姿があり、負傷した僧侶たちの悲しい目が写っている。<br>
 <br>
その後彼は、記者である妻のカレンと共に、地元の英字新聞カンボジア・デイリーで働き始めた。一度アメリカに帰国した後、カンボジアを記録し続けていたいという思いから、彼らは2002年にもう一度プノンペンで暮らしはじめる。現在はタイのチェンマイをベースとしているが、数ヶ月に一度はカンボジアを訪れている。<br>
そして先月、カレン著、ジェリーの写真による&quot;Cambodia Now&quot;という題名の本を出版した。<br>
 <br>
スライドショーは&quot;Cambodia 1998-2004&quot;とタイトルがつけられている。地雷で傷ついた人々の姿があり、シンナーを吸って物乞いをする子供たちもいる。アメリカ育ちのＤＪがクラブに出現し、若者たちは狂ったように踊り明かしている。貧富の差やエイズ問題も見られる。<br>
ジェリーは言う。「カンボジアには、まだ真の平和が訪れてはいない」<br>
現在、ニューヨークタイムズ紙、タイムアジア、ニューズウィークなどに写真を発表しながら、東チモール、スリランカやラオスで、紛争が民衆に及ぼす影響をテーマに自身のプロジェクトを続けている。<br>
<br>
*Jerry Redfern関連ページ<br>
<a href="http://www.redcoates.net" target="_blank">http://www.redcoates.net</a>
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/6 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>Broken Homes: The war in Iraq comes back to America/テオ・リグビイ　</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941878.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:34Z</modified> 
<issued>2005-04-21T07:06:47+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941878</id>
<summary type="text/plain">「見る機会」第二部作品参加者： #5
Broken Homes: The war in Iraq comes back to America/テオ・リグビイ　
文：後藤勝

アメリカ人フォトグラファー・テオ・リグビイは、Academy of Art University in San Franciscoでドキュメンタリー写真を学びながら、Fifty Crows Foun...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941878.html">
<![CDATA[「見る機会」第二部作品参加者： #5<br>
Broken Homes: The war in Iraq comes back to America/テオ・リグビイ　<br>
文：後藤勝<br>
<br>
アメリカ人フォトグラファー・テオ・リグビイは、Academy of Art University in San Franciscoでドキュメンタリー写真を学びながら、Fifty Crows Foundationでボランティアとして働いていた経験を持つ。韓国では工場などで働く出稼ぎ労働者を記録し、タイ北部ではビルマ国境付近で山岳民族のアカ族の姿を追い、生まれ祖国アメリカでは、あまり知られていない“スラムで暮らす子供たちの幼児ぜんそく”問題を追った。<br>
 <br>
テオのフォト・ストーリー&quot;Broken Homes&quot;は、イラクで家族を亡くした三家族を追ったものだ。<br>
「2003年11月14日。ニューヨークのミッドタウンにあるメディーナ家のベルが鳴った。飼い犬のラッキーとチキータ、それにキャンディが一斉にほえる。双子の兄弟のうち、イヴァンはすでにイラクから戻っていた。しかし彼の弟アーヴィングはバグダットにいた。母親のアナは、ウエスト・ポイントの制服を着た男性をドア越しに見た。その男性は少しだけ言葉をつぶやき、そしてアナは床に倒れて叫んだ。<br>
『私の息子、私の息子よ！』アーヴィング・メディーナは、22歳の若さで死んだ」<br>
 <br>
メディーナ家はメキシコからの移民だ。祖国ではスラムで暮らし、夢を追ってアメリカに来た。これらのドキュメンタリーは、大切な家族を永遠に失ってしまった人々の話だ。ストーリーは、現在アメリカの一般家庭で起こっている悪夢を映し出している。<br>
テオは現在サンフランシスコ在住。主にNewsweek, the San Francisco Chronicle, PDN, Sierra Magazine, Sunset, and CMYKに写真を発表している。<br>
 <br>
<br>
<a href="http://www.theorigby.com/" target="_blank">*Theo Rigby関連ページ</a>
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/5 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>Chaos/佐々木康</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941863.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:34Z</modified> 
<issued>2005-04-21T07:04:43+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941863</id>
<summary type="text/plain">「見る機会」第二部作品参加者： #4
Chaos/佐々木康　文：後藤勝

高校中退後にアメリカに渡った佐々木康は、その後帰国してスタジオカメラマンとして働く。しかし「商品」を扱う世界からドキュメンタリーに転向しカンボジアへ行った。現地では、混乱が続いていたポルポ派最...</summary> 
<dc:subject>見る機会</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941863.html">
<![CDATA[「見る機会」第二部作品参加者： #4<br>
Chaos/佐々木康　文：後藤勝<br>
<br>
高校中退後にアメリカに渡った佐々木康は、その後帰国してスタジオカメラマンとして働く。しかし「商品」を扱う世界からドキュメンタリーに転向しカンボジアへ行った。現地では、混乱が続いていたポルポ派最後の拠点アンロング・ヴェングで人々を記録し、地元の英字新聞や通信社で写真を発表した。99年には、スハルト政権が崩壊した前後のインドネシアへ向かい、帰国後は独立運動が続くフィリピンでも内戦をカバーした。<br>
<br>
今回のスライドショー&quot;Chaos&quot;は、パレスチナで撮影された写真で構成されている。イスラエル軍によるヨルダン川西岸各地への大侵攻が始まり、彼は夜明けと共にラマッラへと向かった。<br>
「侵攻・制圧下のラッマラで、パレスチナ人の友人達と共に過ごした。雷鳴のような音が、夜中に響き続けていた。半分眠ったままの状態で「外はさぞかしひどい雨なのだろう」と思いながら、また眠りに戻る。次の日町に出ると、中心部のビルが銃弾や砲弾で穴だらけになていた。煙を出して燃え続けているビルもる。正式に外出禁止令は発令されてはいなかったが、戦車や武装したイスラエル兵士たち以外、誰一人として街にいなかった」<br>
<br>
人一人いない路地で、武装したイスラエル軍兵士たちが掃討作戦を続けている姿がある。そして、殺された息子の頬に手を当てながら、泣き崩れる母親の姿がある。カラーでも、コントラストを極力抑えた写真は印象的で、時には絵画のように見える。<br>
現在東京を拠点にし、ホームレスの人々の姿も記録している。ニューヨーク・タイムズ紙や各国のメディアで発表を続け、昨年リマインダーズ・プロジェクトから発行されたRe:Warにもパレスチナのストーリーが掲載されている。
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/4 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>Evidence of Tsunami/ヘレン・クドリッチ</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941846.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:34Z</modified> 
<issued>2005-04-18T09:28:21+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941846</id>
<summary type="text/plain">:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
4-18-2005 Oiga! escucha me prensa [Evidence of Tsunami/ヘレン・クドリッチ]
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::...</summary> 
<dc:subject>見る機会</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941846.html">
<![CDATA[:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br>
4-18-2005 Oiga! escucha me prensa [Evidence of Tsunami/ヘレン・クドリッチ]<br>
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br>
<span style="font-weight: bold;">※5/14開催、見る機会作品参加者を後藤勝が紹介して行きます。<br>
第二部（４時～９時閉会）は[どなたでも]参加して頂ける「見る機会」なのです。<br>
http://www.ne.jp/asahi/site/myp/showcase.html<br>
席数に限りがあるため、参加のお申し込みを受け付けています。<br>
お申し込みはメールreminders@mail.goo.ne.jpまで．．．。<br>
上記リンクに詳細があります。貴重な機会をお見逃しなく．．．。<br>
詳細は上記ページでご確認ください。関連のお知らせが下記にあります。</span><br>
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br>
<br>
「見る機会」第二部作品参加者： #3<br>
Evidence of Tsunami/ヘレン・クドリッチ　文：後藤勝<br>
<br>
ヘレン・クドリッチはパトリック・ブラウン（第一回目に紹介している）の相方でもある。モノクロ表現を極めているパトリックと対照的に、ヘレンはカラー写真で独自の表現方法を続けている。正方形の枠に収められた写真は、時に色彩は色あせ、普段の日常生活をユニークな視線で捉え、中国西北部の新彊地区で撮影された写真は、オーストラリアのフォトジャーナリズムの権威であるReportageのshowcases<br>
(http://www.reportage.com.au/)で発表されている。<br>
 <br>
今回、タイ南部を襲った大津波のストーリーも、彼女の個性豊かな表現方法でまとめられている。津波で崩壊したリゾートホテルでは、破壊された物質、それに被害にあった人々が所有していた物が取り残されていた。ヘレンは執拗にそれらをフィルムに記録した。人の姿はない。スライドショーでは、瓦礫の山、時には破れた家族の記念写真であり、そして時には泥まみれになった旅行カバンが映し出され、それらが延々と続いている。彼女はこう説明する。<br>
「家具や木々、コンクリート、人々のカバンや洋服など、それらは、人々がそこにいたという足跡なのです。シンプルなものほど、時をマークできる。そしてそれらは、すぐに消えていく運命なのです」<br>
 <br>
オーストラリアのFoto Freo International Festival of Photography(http://www.fotofreo.com/) でも彼女の作品が紹介されている。ヘレンは現在バンコック在住、タイムアジアで主にポートレイトを撮影している。<br>
<br>
<br>
オイガ! エスクチャメ プレンサ=後藤　勝<br>
写真と文は↓サイトにてご覧下さい。<br>
http://www.ne.jp/asahi/site/myp<br>
http://www.ne.jp/asahi/site/myp/Masaru_Goto.html
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/3 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>こちらでこれから．．．。</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941839.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:33Z</modified> 
<issued>2005-04-17T12:18:17+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941839</id>
<summary type="text/plain">本日よりoiga!はこちらのblogにて更新して行きます。
ブックマークをされていた方、変更をお願い致します。
http://blog.drecom.jp/oiga/
↑です。

リマインダーズプロジェクト
</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941839.html">
<![CDATA[本日よりoiga!はこちらのblogにて更新して行きます。<br>
ブックマークをされていた方、変更をお願い致します。<br>
http://blog.drecom.jp/oiga/<br>
↑です。<br>
<br>
リマインダーズプロジェクト
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/2 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>Pints of Entry/ビクター・シラ</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941828.html" />
<modified>2010-03-11T03:10:33Z</modified> 
<issued>2005-04-17T10:59:49+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2005:drecom_oiga.2941828</id>
<summary type="text/plain">※5/14開催、見る機会作品参加者を後藤勝が紹介して行きます。
第二部（４時～９時閉会）は[どなたでも]参加して頂ける「見る機会」なのです。
http://www.ne.jp/asahi/site/myp/showcase.html
席数に限りがあるため、参加のお申し込みを受け付けています。
お申し込みはメー...</summary> 
<dc:subject>見る機会</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://oiga.dreamlog.jp/archives/2941828.html">
<![CDATA[※5/14開催、見る機会作品参加者を後藤勝が紹介して行きます。<br>
第二部（４時～９時閉会）は[どなたでも]参加して頂ける「見る機会」なのです。<br>
http://www.ne.jp/asahi/site/myp/showcase.html<br>
席数に限りがあるため、参加のお申し込みを受け付けています。<br>
お申し込みはメールreminders@mail.goo.ne.jpまで．．．。<br>
上記リンクに詳細があります。貴重な機会をお見逃しなく．．．。<br>
詳細は上記ページでご確認ください。関連のお知らせが下記にあります。<br>
<br>
<br>
ビクター・シラはベネズエラで生まれ、その後両親と共にニューヨークに渡った。自ら移民である彼は、中南米から北米へ移り住む人々を記録している。1980年代アメリカの裏庭と言われた中南米では、政変や混乱が長く続いた。以後内戦は終結するが、貧富の差は広がり、自国に失望した人々は危険を承知で国境を越えている。しかし彼らが永住権や市民権を得ることは難しく、レストランのコックや皿洗いの仕事など、社会保障もなく最低賃金で働き稼いでいるのが現状だ。<br>
2002年、彼のこのドキュメンタリープロジェクトが評価され、Fifty Crows International Fund for Documentary Photographyを受賞した。<br>
<br>
そして彼が現在取り組んでいるプロジェクトに、[Points of Entry]がある。ヨーロッパに渡るアフガニスタン人やクルド人たちの難民の記録だ。2002年、ビクターはフランス北部のカラシスという港町に着く。<br>
そして町に近いところにサンガッテ難民キャンプがあった。彼は、キャンプは近いうちに、フランス政府によって閉鎖されるという話を聞いた。このプロジェクトは、ここから始まる。普段は静かなモノクロで撮影している彼は、このストーリーではカラーを使っている。<br>
<br>
現在ビクターはニューヨークに在住。2003年にW. Eugene Smith, Fellowship Grant、そしてMosaique Fellowship Grant(Luxembourg)を受賞している。<br>
<br>
<br>
※ビクター・シラ関連ページ<br>
http://www.victorsira.com/<br>
<br>
<br>
オイガ! エスクチャメ プレンサ=後藤　勝<br>
写真と文は↓サイトにてご覧下さい。<br>
http://www.ne.jp/asahi/site/myp<br>
http://www.ne.jp/asahi/site/myp/Masaru_Goto.html<br>
<br>
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br>
<br>
　おしらせ1＊第二回「見る機会」開催2005年５月14日（土）詳細決定<br>
　おしらせ2＊写真集『絶望のなかのほほえみ－カンボジアのエイズ病棟から』後藤勝（発行めこん）<br>
ご協力依頼3＊プロジェクタの無償貸し出し協力を募っています。<br>
<br>
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br>
<br>
[おしらせ 1]　※転送・転載歓迎<br>
　<br>
第二回「見る機会」開催、詳細が決定しました。※転送歓迎<br>
※会への参加募集を開始しましたので、メールでお申し込み下さい。<br>
<br>
Reminders Project主催<br>
第二回　Reminders Showcase見る機会<br>
http://www.ne.jp/asahi/site/myp/ <br>
http://reminders.nobody.jp/showcase.html<br>
↑ページで電子チラシの表、裏面がご覧頂けます。<br>
<br>
リマインダーズプロジェクトは『広く伝える』『様々な視点を求める』、発表の拠点やスタイル、写真家の国籍、キャリア等にこだわらず活動を続けて来ました。<br>
今企画はフォトジャーナリズムに焦点を合わせ、その世界で活動を続ける写真家たちの活動の軌跡を彼らのポートフォリオを見る事によって辿って行きます。プレゼンテーションの方法は問わず、それぞれのスタイルで発表します（第一部、第二部共通）。<br>
<br>
通常、写真家の間でそれぞれのフォトプロジェクトについて写真を見ながら情報交換をする事があります。<br>
今回はリマインダーズプロジェクトと所縁のある写真家、アメリカ、中国、アルメニア、タイ、日本を拠点に活動を続ける10組によるフォトプロジェクトスクリーニングを予定しています（詳細は第二部参照）。<br>
通常は仲間内で行うプロジェクトスクリーニングに、一般の方にも参加して頂く（第二部のみ）という趣旨で【見る機会を作る】ことにあり、【現場からの報告会】の様な要素は含まれません。<br>
<br>
■会期：2005年5月14日（土）　第一部午後1時～3時、第二部午後4時～9時閉会<br>
■場所：東京都写真美術館　１階創作室<br>
■恵比寿ガーデンプレイス内 JR恵比寿駅東口より徒歩約7分（動く歩道使用）<br>
■内容：右記参照<br>
■主催：リマインダーズプロジェクト<br>
■参加費：1000円<br>
■参加申し込み/お問い合わせは下記メールまでお願いします。<br>
reminders@mail.goo.ne.jp<br>
<br>
※第一部（定員10名）、第二部（50名）、それぞれ定員がありますので、事前に申し込みを受け付けております。お名前、連絡先を添えて、上記メール宛にお申し込み下さい。<br>
※第一部はプレゼンテーションを準備されたフォトージャーナリストの方のみの参加を受け付けております。<br>
<br>
●第一部「Project Screening」ワークショップ ※午後1時～3時<br>
現在取り組んでいるフォトプロジェクトのスクリーニングを行うワークショップ。<br>
プレゼンテーション（持ち時間は一人約10分程度）を持参下さい。発表媒体、方法は問いません。<br>
※第一部はプレゼンテーションを準備されたフォトージャーナリストの方のみの参加を受け付けております。参加希望の方は、ご自身のフォトプロジェクト、プレゼンテーションの詳細、プロフィールもあわせてメールでお申し込み下さい。<br>
定員：10名程度<br>
<br>
●第二部「Project Showcase」 ※午後4時～9時閉会<br>
リマインダーズプロジェクトが招集したフォトジャーナリストのフォトプロジェクトプレゼンテーション上映会。どなたも参加頂けます。<br>
定員：50名<br>
参加申し込み/お問い合わせはメールで reminders@mail.goo.ne.jp<br>
<br>
■第二部「Project Showcase」予定スライド上映作品　<br>
※それぞれの作品上映前に日本語による説明を行いますが、英テキスト及びナレーションが含まれる作品上映中の日本語訳のサポートはありません。予めご了承下さい。<br>
<br>
●Victor Sira (Points of Entry)<br>
●Jerry Redfern (Cambodia: Six years of stories from a country after war)<br>
●Theo Rigby (Broken Homes: The war in Iraq comes back to America)<br>
●Mark Leong (China Obscura)<br>
●Patrick Brown (Black Market)<br>
●Helen Kudrich (Evidence of Tsunami)<br>
● Ruben Mangasaryan (Black life An Armenian refugee family)<br>
　上記６名は作品のみの参加。<br>
<br>
●中西あゆみ(EARTH at PLAY)<br>
●佐々木康(chaos)<br>
●後藤勝＋Reminders Project <br>
(inSIGHT Out: Participatory photography project with Children of Aceh)<br>
<br>
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br>
<br>
[おしらせ 2]　※転送・転載歓迎<br>
<br>
写真集『絶望のなかのほほえみ－カンボジアのエイズ病棟から』後藤勝（発行めこん）<br>
4月22日よりめこん社より直接お求めになれます。<br>
書店でのお求めは27日からとなります。<br>
問い合わせ・めこん：03-3815-1688<br>
http://www.mekong-publishing.com<br>
<br>
出版にあたり、写真展が開催されます。<br>
紀伊國屋書店においても現在DMを入手して頂けますが、PDF版を以下よりダウンロード出来ます。<br>
以下二つのファイルがDMの表裏面になっています。<br>
http://www.ne.jp/asahi/site/myp/DM01.pdf <br>
http://www.ne.jp/asahi/site/myp/DM02.pdf <br>
ダウンロードしてご利用頂ければと思います。<br>
<br>
□2005年5月５日（木）～５月１０日（火）<br>
□10時から18時半（最終日は18時まで）<br>
期間中スライドトークが予定されています。<br>
5月7日（土）14時～<br>
5月8日（日）14時～<br>
場所：紀伊國屋画廊<br>
〒163-8636<br>
東京都新宿区新宿3-17-7<br>
紀伊國屋書店　新宿本店4階<br>
電話：03-3354-7401<br>
<br>
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br>
<br>
＊＊＊ご協力依頼＊プロジェクタの無償貸し出し協力を急募しています＊＊＊<br>
<br>
上記写真展期間中と見る機会において、プロジェクタの無償貸し出し協力を募っております。<br>
●5月14日の終日、スライドプレゼンテーションに使用する為のプロジェクタを無償で貸し出し可能という方からのご協力を募っています。<br>
プレゼンテーション公開実現に向けて、是非、ご協力下さい。<br>
メールでの御連絡をお待ちしております。よろしくお願いします。<br>
<br>
<br>
メール：reminders@mail.goo.ne.jp　後藤まで。<br>
注：届いたメールマガジンに直接返信頂いても、届きません。<br>
<br>
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br>
<br>
後藤勝/reminders project<br>
(C)Masaru Goto/Reminders Project<br>
http://www.ne.jp/asahi/site/myp<br>
onasia（所属エージェンシー/旧名AsiaWorks PHOTOGRAPHY）<br>
http://www.onasia.com/<br>
後藤勝のオイガ! エスクチャメ プレンサ<br>
http://blog.melma.com/00042339<br>
<br>
後藤勝へのメールでのご連絡は…<br>
mail: masarugoto1@mail.goo.ne.jp<br>
<br>
その他、リマインダーズプロジェクトに関しては<br>
reminders@mail.goo.ne.jpへ。<br>
<br>
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<span style="text-decoration: underline;"></span><span style="text-decoration: underline;"></span>
<!-- BASENAME=http://oiga.blog.drecom.jp/archive/1 -->]]> 
</content>
<author>
<name></name> 
</author>
</entry>
</feed>

