不定期連載 reminders, I was there更新開始。- 2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか?を振り返ります。

コロンビア最大の油田基地があるバランカベルメッハでは、労働組合 La USO(Union Sindical Obrera)が最も活発に活動していた。La USOは賃金値上げや政府の不正を告発していた為、多くの組合員が右派民兵の暗殺リストに載せられ、1990年だけで、組合員の35人以上が暗殺または行方不明になっていた。
バランカベルメッハで一人の組合員が誘拐され、数日後、頭を切断された遺体がマグダレーナ川で見つかった。翌日市内で大規模なデモがあり、デモには左翼ゲリラシンパの若者が多く参加し、市内のあちこちでバスを燃やし火炎瓶を武装した警官に投げつけた。
数人の死傷者を出し、デモが終わった。覆面をした若者が「着いて来い!」と言う。地元のテレビ局のカメラマンと共に、車に乗り込む。20分ほどでスラムの一角に着く。裏庭に通され、テレビの前で銃を持ったゲリラが演説をする。みな顔を隠すため、干してあった子供の衣類を顔に巻き、そして言った。
「Nosotros luchamos por asta la muerte!(俺たちは死を覚悟して闘う!)」
写真と文:後藤勝
reminders, I was there file#5

コロンビア バランカベルメッハ 1991年
コロンビア最大の油田基地があるバランカベルメッハでは、労働組合 La USO(Union Sindical Obrera)が最も活発に活動していた。La USOは賃金値上げや政府の不正を告発していた為、多くの組合員が右派民兵の暗殺リストに載せられ、1990年だけで、組合員の35人以上が暗殺または行方不明になっていた。
バランカベルメッハで一人の組合員が誘拐され、数日後、頭を切断された遺体がマグダレーナ川で見つかった。翌日市内で大規模なデモがあり、デモには左翼ゲリラシンパの若者が多く参加し、市内のあちこちでバスを燃やし火炎瓶を武装した警官に投げつけた。
数人の死傷者を出し、デモが終わった。覆面をした若者が「着いて来い!」と言う。地元のテレビ局のカメラマンと共に、車に乗り込む。20分ほどでスラムの一角に着く。裏庭に通され、テレビの前で銃を持ったゲリラが演説をする。みな顔を隠すため、干してあった子供の衣類を顔に巻き、そして言った。
「Nosotros luchamos por asta la muerte!(俺たちは死を覚悟して闘う!)」
写真と文:後藤勝
reminders, I was there file#5