不定期連載 reminders, I was there更新開始。- 2000年にwebsiteで連載していたシリーズです。フォトジャーナリストとして歩み始めた頃の写真とともに、何故シャッターを切り、何故今もこの一枚を選ぶのか?を振り返ります。

地元の人権擁護団体CREDOS(los Derechos Humanos)のオフィスは、バランカベルメッハのセントラルにある。暗い階段を上り、二階にある彼らのオフィスを訪ねた。入り口には、自動小銃を抱えた二人のDAS(大統領府治安局)の護衛がいて、「オラ!ボニータ!」と、しきりに外を通る女性に声をかけている。その一人に「チーノ(中国人)か?」と聞かれ、「ノー。エストイ ハポネス(いや、日本人だよ)」と答える。
所長のゴメズ氏に面会を申し込み、しばらくして奥の部屋に通された。がっしりとした体格のゴメズ氏に「この街で起きていることを写真に記録したい」と告げる。「君にも何が起こるかわからない。危険だ」という彼を、習いたてのスペイン語で説得をする。そして、「君もこの団体の一員として協力してくれるのなら。そして記録した写真を使わせてくれ」という条件付で、何とか了解を得た。
フリオという青年と共に活動することになった。翌日から眠る暇もないほど忙しい日々に追われた。虐殺があると、何日もかけて山道を歩き、その現場を記録した。誰から殺されたと聞くと、夜中でも飛び起きて現場に向かう。そしてオフィスでは毎日、家族を殺された人々が面会に来て、事情を聞く日々がつづいた。
ある日の夕暮れ、セントラル付近の飲み屋で、左翼ゲリラのシンパの若者5人が武装した右派民兵の襲撃を受けた。目撃者によると、一台の車から自動小銃を持った男たちが降り、店に入るなり、若者たちを一人ずつうつ伏せにした後、射殺していったという。近くに住んでいた犠牲者の家族が現場に着き、妻と娘が泣き叫びながら遺体に近づこうとする。警官が止めに入る。人々はその光景をじっと周りで眺めていた。
写真と文:後藤勝
reminders, I was there file#4

コロンビア バランカベルメッハ 1991年
地元の人権擁護団体CREDOS(los Derechos Humanos)のオフィスは、バランカベルメッハのセントラルにある。暗い階段を上り、二階にある彼らのオフィスを訪ねた。入り口には、自動小銃を抱えた二人のDAS(大統領府治安局)の護衛がいて、「オラ!ボニータ!」と、しきりに外を通る女性に声をかけている。その一人に「チーノ(中国人)か?」と聞かれ、「ノー。エストイ ハポネス(いや、日本人だよ)」と答える。
所長のゴメズ氏に面会を申し込み、しばらくして奥の部屋に通された。がっしりとした体格のゴメズ氏に「この街で起きていることを写真に記録したい」と告げる。「君にも何が起こるかわからない。危険だ」という彼を、習いたてのスペイン語で説得をする。そして、「君もこの団体の一員として協力してくれるのなら。そして記録した写真を使わせてくれ」という条件付で、何とか了解を得た。
フリオという青年と共に活動することになった。翌日から眠る暇もないほど忙しい日々に追われた。虐殺があると、何日もかけて山道を歩き、その現場を記録した。誰から殺されたと聞くと、夜中でも飛び起きて現場に向かう。そしてオフィスでは毎日、家族を殺された人々が面会に来て、事情を聞く日々がつづいた。
ある日の夕暮れ、セントラル付近の飲み屋で、左翼ゲリラのシンパの若者5人が武装した右派民兵の襲撃を受けた。目撃者によると、一台の車から自動小銃を持った男たちが降り、店に入るなり、若者たちを一人ずつうつ伏せにした後、射殺していったという。近くに住んでいた犠牲者の家族が現場に着き、妻と娘が泣き叫びながら遺体に近づこうとする。警官が止めに入る。人々はその光景をじっと周りで眺めていた。
写真と文:後藤勝
reminders, I was there file#4